岡山県玉野市に伝わる鬼にまつわる伝説

由加の鬼塚

倉敷市児島にある由加山は児島半島の中東部にある二百メートルぐらいの山で、樹木が繁り、鳥なども多く自然を残したところである。

 

山上には瑜伽大権現と蓮台寺があって、江戸時代から藩侯の信仰があつく、讃岐の金毘羅さまと並んで参詣者が多く、両方まいらないと片詣りといわれた。由加への参詣は、児島田ノ口港、日比港、八浜、荘内などからのいわゆる由加道がある。

 

この由加山の東北に妙見山という小山があり、中腹に積み石塚がある。鬼の首を埋めてあるので鬼塚と呼んでいる。

 

桓武天皇の御代(781〜806)、この地方に阿黒羅王(阿久良王ともいう)という鬼が住み、良民を苦しめて貢物を横取りするなど悪事を重ねたので、天皇は坂上田村麻呂将軍に鬼退治を命じた。

 

鬼は七人の子を督励して昼夜はげしく抵抗したので、田村麻呂は瑜伽大権現に七日七夜、悪鬼調伏を祈り、ついに鬼が酔いつぶれたところを攻めて殺そうとした。鬼はいまわのきわに後悔して、今後は瑜伽様の使いとして人々を助けたいといった。将軍が鬼の首を切ると鬼の死骸は金色に光って、ぱっと飛散り75匹の白ギツネになった。瑜伽大権現の神徒は白ギツネで盗難にかかったものが返ってくるという不思議なご利益があるという。今は由加神社という。

 

延暦の頃、阿黒羅王という鬼人が現われ、傷害が絶えなかった。田村将軍はこれを討ち平らげようとして児島に来て、瑜伽大権現に祈り鬼人を斬り、その眷族をなづけてしまった。

 

その後、堂宇は戦乱に廃頽したが、その鬼霊は75匹の白ギツネと化し、瑜伽大権現の使隷となり不思議なことが多く起こった。

 

その後、小松の世になり、讃州の増吽僧正が来て再興し、まさに滅びんとしていた法灯をともしたので、今に連綿として続いている。

 

「玉野の伝説」

著者:河井康夫

発行:昭和53年

 

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