岡山県玉野市に伝わる海や島の伝説

海の幽霊

海に出れば、現代でも常識では、はかり知れないことがよく起こる。風がないのに急に、波が高くなったり、潮が早くなったりする。そうしたことで命がけの航海をすることが多い。そこに海の神秘を感じ、信仰や伝説が起こるのであろう。

 

これはある千石船が夕闇のようやく濃くなった水島灘にさしかかったときのことである。月はぼんやりと曇って、暗い海面をなでる生ぬるい風、波はひたひたと船べりを叩いた。「何と気味の悪い晩だろう」とかじとりの水夫がそう思ったとき、「杓を貸せえ、杓を貸せえ」という声が海の底から聞えてきた。恐ろしさに震え上がった水夫は「誰かきてくれ、海の中から声がするんだ」と叫んだが、「そんな馬鹿な」と誰も相手にしてくれない。「本当に声がするんだ。助けてくれ」ともう泣声である。ほかの水夫も船上に上がってみると、なるほど「杓を貸せえ、杓を貸せえ」という不気味な声が海の底から聞えてくる。しかも、それは次第に大きくなり、船足も重くなって来た。船主はこの海に源平合戦のとき、恨みをのんで海のもくずと消えた平家の一族が眠っていることをしっていたので、これは、その幽霊だと思った。

 

「この船幽霊は年中、塩水につかっているので真水がほしいのだろう。一杯汲んでやるがいい」。それでも水夫は不安に思いながらも、真水を入れた杓を海中に投げてやったのである。

 

ところが、その杓が波間に消えたとたんに何千とも知れぬ白い手が海面に現われ、手に手に柄杓をもって、楽しそうに唄を歌いながら、海の水を船に入れ始めた。船はみるみる内に沈み始めた。そして船もろとも水夫達は波の底深く消えてしまったのである。船を呑んだ瀬戸の海は何もなかったように波静かに、夕闇につつまれていた。

 

こんなことが幾たびか繰り返され、夜の水島灘は魔の海として恐れられるようになった。これと似た話しは、玉野市の沖合にもあって、もし、夜の海で「杓貸せえ」いう幽霊が出たら、必ず柄杓の底を抜いて、水を汲むことができないようにして投げてやれといういい伝えがある。

 

「玉野の伝説」

著者:河井康夫

発行:昭和53年

 

船の幽霊

この話しと似たものに、船の幽霊、磯女がある。これも妖怪の一種だが、闇夜か霧の深い海上を航行していると、突然すぐ前に燈火をつけた船があらわれる。あわてて船をかわすが、何もいない。これに出会うと、かまわず直進すれば消え失せるとも、火箸で舟べりをなぜるとよいと伝えられている。また、地方によっては、海底にちらちら見えるという「シキ幽霊」や磯女もいる。

 

こうした幽霊はいずれも柄杓を貸せというので、柄杓の底を抜いて与えなければならないといわれている。

 

「玉野の伝説」

著者:河井康夫

発行:昭和53年

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