岡山県玉野市に伝わる社寺にまつわる伝説

六尺の石地蔵さま

観音院山門の正面東側に立つ石地蔵さまには、こんな話がある。

 

これは江戸時代、幕末の話である。

 

西の方からやって来た旅姿の商人が急ぎ足に日比の方へ歩いて行った。人通りの少ない往来では、数人の人夫が道普請をしていた。

 

しばらくすると、同じ街道を網代笠に色あせた墨染めの衣をまとった旅の雲水が同じ方向に歩いていった。もう日もようやく西に傾いていた。人夫たちが仕事をしまおうとしていると、先ほどの旅商人がしきりに何か探しものをしながら引き返してきたのである。

 

「実は、日比へついて財布を落としているのに気づき、もしかしら道に落としてはいないかと探していますが、見かけなかったでしょうか」と人夫たちに聞いた。

 

「さあ、俺たちは見なかったがなあ・・・・・」と人夫たちは顔を見合わせていたが一人の人夫が、「お前さんが歩いたあとには旅の坊さんが一人行っただけで、ほかに誰も通っておらんのだが・・・、ひょっとすると、あの坊さんが拾っているかも知れん。どうせ日比どまりじゃろうから、探して聞いてみたらどうかな」という。

 

旅商人は喜んだ。本当に、その坊さんが拾っているように思えたのである。

 

旅の僧は、予想通り、日比の寺下あたりの旅籠に泊っていた。さがしあてた旅商人はさっそく、この僧にこれまでの事情を話し、 「ほかに、あの道を通った者はいないし、確かにあなたが拾っている筈である。お礼はするから返して下され」と申し入れた。

 

「はて、妙なお話しをされるが、私の通った道すじ、一向に気がつきませんでした。私もみ仏の弟子です。もし、他人様のものを拾えば、早速、持主をさがしてお届けする筈です。お気の毒なことですが、私にはどうして差し上げることもできません」と僧侶は心外そうである。

 

しかし、商人はこれを信じようとはしなかった。旅の僧は、ついに荷物の中まで調べられたがそれらしいものはなかった。

 

旅の僧は、残念でその夜、寝つかれなかった。たとえ、修行中の旅とはいえ、み仏の弟子として、盗人の疑いをかけられたことは何とも耐えられなかった。その夜更け、この僧はついに首を吊って死んだのである。

 

それからしばらくたって村の人がこの事件をようやく忘れかけた頃、道普請をしていた人夫の家に、家族が原因不明の病気になり、本人が訳のわからぬうわ言をいったり、次から次へ不気味なできごとが起こり始めた。

 

見かねて親類の人たちがご祈祷をしたところ、これは僧侶のたたりである。しかもこの怨みは非常に深く、「七代までたたってやる」というおみくじであるという。驚いた人夫は「申訳ございません。あの時、旅の商人が落とした財布は、実は私が拾い、ないしょで懐にしまいました。何とも済まぬことをしました」とはじめて真相を話し、ざんげしたが、霊界から祈祷者を通じて怨みをのべる旅僧の声は厳しかった。

 

親類のものが「いかようにでも罪のつぐないはさせます。どうすればお許しいただけるか、お慈悲でお教えください」と哀願した。

 

「それでは六尺の仏を背負って、四国八十八か所を順拝せよ。それで罪業消滅するであろう」といわれた。 しかし、これはいくらなんでも人間わざでできることではない。祈祷者に相談したところ、六尺の石地蔵さんを観音院にたて、四国めぐりしたぐらい大勢の人に参拝してもらうことでお許しをねがったら、ということである。

 

「坊主だませば七生たたる」といわれ、みんなが本当にそう信じていたころの出来事である。

 

「玉野の伝説」

著者:河井康夫

発行:昭和53年

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